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蛇窪第七信号場

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THE LAST RUNNING 

DSC_8876_.jpg
6808レ 相模大野到着。

これを以て5063×4は営業を終了。
長年親しまれてきた“小田急顔”が姿を消す。
最終日。OER5000で最後まで活躍した5063×4は、3260×6と組み820C90(1)に充当。
DSC_8855-1_.jpg
1515レ

DSC_8857_.jpg
1516レ
経堂通過線。

DSC_8859_.jpg
4205レ

DSC_8863_.jpg
4205レ

DSC_8869-1_.jpg
9156レ→6808レ
相模大野到着前、乗換案内の後に引退の旨を告げる放送が。
ささやかな、けれどもあたたかいファンサービスだった。


大野到着後は9223レで海老名に入庫。これが5000の本当のLAST RUNNINGとなった。


海老名着後、暫く停車の後新宿方へ。


DSC_8758_.jpg
うつりゆくもの。

DSC_8752_.jpg
やがて散りゆくもの






5000を撮ろうと決めてから約1年半。振り返るとあっという間だった。
決心した訳ではなく、気が付いたら撮り始めてた、そんな感覚だったと思う。決してかっこいい訳でも、力強い訳でもない「THE 通勤列車」と呼ぶに相応しいような車両だが、どういう訳か次第に小田急顔に魅せられていった。
本格的に撮り鉄を始めた時期も遅かったため、当時既に半分程の編成が姿を消していた。無くなることに対する焦燥感もあったと思う。けれど、「無くなるから撮る」ではなく「好きだから撮る」というスタンスで、脱葬式を目指しながら記録してきたつもりだ。

実を言うと、某氏の中央201や山手6ドアを追っかけに関するblogにかなり影響を受けており、自分もいつかありふれた写真・構図から脱皮し、個性的な写真を撮りたいと思っていた。今まで誰も気付かなかったような所にスポットを当てたい、そんな思いを抱きつつ撮影を続けた。

しかし、実際はなかなか思うようにいかなかった。当日の運用を把握するだけでも一苦労だったので、どうしても編成写真という無難な選択を選んでしまうし、その編成写真ですらピント外したり傾いたりで無茶苦茶。2勝5敗3引き分けといったところだろう。自分の力量に不相応な高級機を振り回し、とにかく我武者羅に撮り続けた気がする。

この1年半。色々な事があったが、5000を追っかけていて楽しかったことは疑いようのない事実だ。
最後の相模大野行きの各停に揺られていると、自然と今までのことを思い出し感慨深い気持ちになった。
幼いころから数えると十数年、撮影という観点からみるとせいぜい3,4年といったところだろうか。
古くから小田急を記録・乗車し続けている沿線民の方々には到底及ばないが、この形式との思い出は特別なものであると思う。





調子乗って駄文を書き連ねてきましたが、要するに今までありがとう、てことです。


5063×4とその他多くのOER5000達、43年間お疲れさまでした。
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Posted on 23:32 [edit]

category: 5000

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コメント

Shallow #- | URL | 20:11 | edit

お疲れ様でした!

the winter  #- | URL | 22:33 | edit

Re: タイトルなし

> Shallowさん
ありがとうございます!

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